- 「12人で飽和」の出どころはGuestら(2006)の実験。ただしこれは同質な集団・狭い目的・構造化ガイドという条件下の結果で、著者自身が「12件を汎用のサンプルサイズとして使うな」と警告している。
- 飽和を実証検証した23論文のレビュー(Hennink & Kaiser 2022)ではインタビュー9〜17件で飽和という報告が並ぶ。一方で「コードが出尽くす」のは9件でも「意味を理解し切る」には16〜24件という研究があり、何を飽和と数えるかで答えは変わる。
- 結論として、人数は固定の数字では決まらない。目的の広さ×集団の同質性×求める深さから見積もるのが、研究の到達点に忠実な決め方だ。
「12人で飽和」はどこから来たのか?
出どころはGuest, Bunce & Johnson(2006)。西アフリカでの60件の深層インタビューを順に分析したところ、新しいテーマの出現は最初の12件以内でほぼ止まり、メタテーマの基本要素は6件時点で出そろっていた——という実験結果だ。ただし著者自身が、この数字の一般化に強い条件を付けている。
定性調査のサンプルサイズ論で最も引用される論文のひとつが、Guest, Bunce & Johnson(2006)“How Many Interviews Are Enough?”(Field Methods 18(1), 59-82)です。著者らは西アフリカで実施した60件の深層インタビューを順番にコード化し、「新しいテーマは何件目まで出続けるのか」を実際に数えました。飽和(saturation)——それ以上聞いても新しい情報がほとんど出なくなる点——を、印象論ではなくデータで検証した先駆的な研究です。
結果は明快でした。分析全体で特定された114のテーマのうち、70%が最初の6件で、92%が12件以内で出現していたのです(70%という数値はGuest本人による2020年の論文で言及されているものです。二次情報では最初の6件についてより高い割合が引用されることがありますが、原典に基づく値は70%です)。テーマを束ねる上位概念であるメタテーマも、その基本要素は6件時点で出そろっていました。「12人で飽和」というフレーズは、この研究から来ています。
図:Guestら(2006)におけるテーマ出現の累積。
見落とされがちな前提条件——著者自身の警告
問題は、このフレーズが一人歩きするとき、研究の前提条件が抜け落ちることです。Guestらの実験は、次の3条件がそろった調査でした。
- 同質な集団——回答者は属性・経験が近い人たちに絞られていた。
- 狭い目的——調査の問いが明確で範囲が限定されていた。
- 構造化されたガイド——全員に同じ質問群を同じ聞き方で尋ねていた。
そして重要なのは、著者ら自身が「12件を汎用のサンプルサイズとして使うべきではない」と警告していることです。条件が変われば必要な件数は変わる——原典はそう言っているのに、引用される過程で「定性は12人でいい」という無条件の経験則に変形してしまった。これが「12人で飽和」をめぐる実態です。
「12人で飽和」は誤りではないが、無条件でもない。同質な集団に、狭い問いを、同じ聞き方で——この3条件がそろったときの結果であり、原著者自身が数字の一般化を戒めている。
最新の研究は何件と言っているのか?
飽和を実証検証した23論文を集計したHennink & Kaiser(2022)のレビューでは、インタビュー9〜17件・フォーカスグループ4〜8回で飽和という報告が並ぶ。ただし対象研究は同質集団・狭い目的に偏っており、さらに「コード飽和」と「意味飽和」を区別すると答えは9件から16〜24件まで広がる。
2006年の研究から15年あまり、飽和を実データで検証する研究は着実に積み上がりました。その到達点を集計したのが、Hennink & Kaiser(2022)“Sample sizes for saturation in qualitative research: A systematic review of empirical tests”(Social Science & Medicine 292)です。飽和を実証的に検証した23本の論文を体系的にレビューした結果、実データに基づく研究ではインタビュー9〜17件、フォーカスグループ4〜8回で飽和に達していました。
Guestらの「12件」は、この9〜17件のレンジのほぼ中央に収まります。つまり2006年の結果は、後続研究によっておおむね追認されたと言えます。ただしここでも同じ注意書きが付きます。レビュー著者自身が明記しているとおり、対象となった研究は同質な集団・狭い目的の調査に偏っているのです。9〜17件は「そういう条件の調査で観察された範囲」であって、あらゆる定性調査への推奨値ではありません。
「全部聞いた」と「全部理解した」は別物——コード飽和と意味飽和
もうひとつ、答えを一つの数字に丸められない理由があります。何をもって「飽和」とするかで、必要な件数が変わるのです。Hennink, Kaiser & Marconi(2017)“Code Saturation Versus Meaning Saturation”(Qualitative Health Research 27(4))は、25件のHIV患者インタビューを分析し、飽和を2種類に分けて測定しました。
| 飽和の種類 | 意味 | 到達に必要だった件数 |
|---|---|---|
| コード飽和 | 新しいトピック(コード)が出なくなる——「もう聞くことがない」 | 9件(この時点で新規コードの91%を特定) |
| 意味飽和 | 各トピックの意味・ニュアンスを理解し切る——「もう学ぶことがない」 | 16〜24件 |
表:コード飽和と意味飽和(Hennink, Kaiser & Marconi 2017 に基づく)。
9件で話題の一覧は出そろう。しかし、それぞれの話題が回答者にとってどういう意味を持つのかを理解し切るには16〜24件かかった——という結果です。「全部聞いた」と「全部理解した」は別物であり、テーマの一覧が欲しい調査と、意味の深い理解が欲しい調査では、必要な人数がほぼ2倍違うことになります。
さらにGuest自身も、Guest, Namey & Chen(2020)“A simple method to assess and report thematic saturation in qualitative research”(PLOS ONE 15(5))で、飽和の判定基準を定式化したうえで「基準の置き方で答えが変わる」ことを示しています。新規情報の閾値を5%以下とするなら6〜7件で全テーマの約78〜82%を捕捉できる一方、閾値を0%(新規情報が完全にゼロ)まで厳しくすると11〜14件で87〜89%になる。「何件で十分か」は、「どこまで拾えれば十分とするか」の関数なのです。
「飽和」だけでは人数は決まらないのか?
決まらない。サンプルサイズは情報の濃さで決まるとするInformation Powerの枠組み、多サイト調査では20〜40件必要という実証、そして飽和概念そのものへの理論的批判——いずれも「飽和したか」だけを基準にすることの限界を示している。
ここまでの研究は「飽和に何件かかるか」を測るものでした。しかし研究コミュニティには、その問いの立て方自体を問い直す流れがあります。3つ紹介します。
① Information Power——人数ではなく「情報の濃さ」で決める
Malterudら(2016)“Sample Size in Qualitative Interview Studies: Guided by Information Power”(Qualitative Health Research 26(13))は、サンプルサイズは固定の数字ではなくサンプルが持つ情報の濃さ(Information Power)で決まる、という枠組みを提案しました。情報の濃いサンプルなら少人数で足り、薄いサンプルなら多人数が要る。濃さを決める要因は5つです。
| 決定要因 | 少人数で済む方向 | 多人数が要る方向 |
|---|---|---|
| 目的の広さ | 狭く限定された問い | 広く探索的な問い |
| サンプルの特異性 | 目的に強く合致した対象者 | 条件の緩い対象者 |
| 理論の使用 | 確立した理論を適用する | 理論なしで探索する |
| 対話の質 | 深く強い対話が取れている | 浅く弱い対話 |
| 分析戦略 | 個別事例の深い分析 | ケース横断の全体分析 |
表:Information Powerの5つの決定要因(Malterud et al. 2016 に基づく)。
② 多サイト・多セグメントなら20〜40件——Hagaman & Wutich(2017)
Guestらの実験が「単一の同質集団」だったのに対し、Hagaman & Wutich(2017)“How Many Interviews Are Enough to Identify Metathemes in Multisited and Cross-cultural Research?”(Field Methods 29(1))は、4つの調査サイト・132名のデータで同じ問いを検証しました。結果、単一サイトの同質な集団であれば16件以下で飽和に達する一方、サイトを横断するメタテーマの特定には20〜40件が必要でした。対象が多様になれば、必要な件数はGuestらの「12件」を大きく超える——条件依存性が実証された形です。
③ そもそも「飽和」は万能の基準か——Braun & Clarke(2021)の批判
より根本的な批判もあります。テーマ分析の方法論で知られるBraun & Clarke(2021)“To saturate or not to saturate?”(Qualitative Research in Sport, Exercise and Health 13(2))は、テーマはデータの中に埋まっていて「発見」されるものではなく、研究者が解釈を通じて「生成」するものだと論じます。この立場に立つと、「テーマが出尽くしたら終わり」という飽和の発想は、少なくとも彼らの提唱するリフレクシブ・テーマ分析とは整合しません。飽和は特定の分析観に結びついた基準であって、すべての定性調査に当てはまる普遍のものさしではない——という指摘です。
「飽和したか」は有用な問いだが、唯一の問いではない。目的の広さ・対象の多様性・分析の立場によっては、飽和という基準自体が馴染まないことを、研究は正面から示している。
実務では、人数をどう決めればよいのか?
固定の数字から入らず、「意思決定の問いの広さ」「対象集団の同質性」「求める理解の深さ」の3つから見積もる。研究が示すレンジを条件付きで使えば、根拠を説明できるサンプルサイズ設計になる。
ここまでの研究を、実務の意思決定に使える形に整理します。重要なのは、どの数字にも条件が付いていることです。自分の調査がどの条件に当てはまるかを先に判定し、それから対応するレンジを参照する——この順番なら、研究の到達点に忠実なまま人数を決められます。
| 調査の条件 | 研究が示す目安 | 根拠 |
|---|---|---|
| 同質な集団 × 狭い問い × 構造化した聞き方で、テーマの一覧を得たい | 9〜17件で飽和という実証報告が並ぶ(12件はその中央付近) | Guest et al. 2006 / Hennink & Kaiser 2022 |
| 各テーマの意味・ニュアンスまで理解し切りたい | コード飽和(9件)では足りず、16〜24件 | Hennink, Kaiser & Marconi 2017 |
| 複数のセグメント・拠点・文化を横断して共通テーマを見たい | 20〜40件 | Hagaman & Wutich 2017 |
| 探索的な広い問い/理論なし/対話が浅くなりそう | 固定数でなくInformation Powerの5要因で増減を見積もる | Malterud et al. 2016 |
| リフレクシブ・テーマ分析など、解釈を生成する立場の分析 | 飽和を基準にしない。分析の目的と解釈の十分さで判断する | Braun & Clarke 2021 |
表:調査の条件別に見たサンプルサイズの目安(各研究の報告値に基づく整理)。
使い方の例を挙げます。「解約者はなぜ辞めたのか」を、単一プロダクトの直近解約者という同質な集団に、構造化した聞き方で尋ねるなら、実証研究のレンジ(9〜17件)が最初の目安になります。そこから「理由の背後にある感情や文脈まで理解したい」なら16〜24件側へ、「プラン別・業界別の違いも見たい」ならセグメントごとに飽和を考えて20〜40件側へ、と条件に応じて補正していく。数字を先に決めるのではなく、条件を先に決めるのがこの表の使い方です。
「多く聞くコスト」が下がった今、飽和論はどうなるか
最後に、AIとの接続に触れます。Geiecke & Jaravel(CEPR DP19705)やChopra & Haaland(SSRN 4572954)といった近年のワーキングペーパー——いずれも査読前のワーキングペーパーです——は、AIが聞き手を務めることで、従来は不可能だった大人数への定性インタビューが技術的・経済的に可能になったことを示しています。当メディアの運営元が提供するCoeSignalのようなAIインタビューの仕組みでも、数十名規模の深掘りを短期間で回せるようになりました。
では「何人で十分か」という問いは消えたのか。そうではありません。「飽和論が無効になった」と主張する査読済み研究は、現時点で確認できていません。同質な集団への狭い問いなら、大人数に聞いても新しいテーマが序盤以降ほとんど増えないという構造は変わらない。変わったのは、意味飽和(16〜24件)や多サイト調査(20〜40件)といった「従来はコストが壁だった適正規模」に、ためらわず届くようになったことです。人数を増やせるようになった今こそ、目的×同質性×深さから必要数を見積もるという研究の枠組みが、過剰にも過少にもならない設計の拠り所になります。
AIで「多く聞くこと」は安くなった。しかし「何人で十分か」の答えは、今も昔も調査の条件が決める。安くなったのは、条件が求める適正規模まで届くコストである。
よくある質問
条件次第です。「12人で飽和」の出どころであるGuestらの2006年研究は、同質な集団に、狭い目的で、構造化されたガイドを使って聞くという条件下の結果でした。著者自身が、12件を汎用のサンプルサイズとして使うべきではないと警告しています。多様な集団や複数拠点にまたがる調査、意味の深い理解を目指す調査では、より多くの件数が必要になることが後続研究で示されています。
Hennink & Kaiser(2022)が飽和を実証的に検証した23論文をレビューした結果では、実データに基づく研究はインタビュー9〜17件、フォーカスグループ4〜8回で飽和に達していました。ただしレビュー著者自身が、対象研究は同質な集団・狭い目的に偏っていると明記しており、この範囲を万能の推奨値として扱うことはできません。何を「飽和」と数えるかでも答えは変わり、同じ25件のデータでコード飽和は9件、意味飽和は16〜24件という研究もあります。
Hagaman & Wutich(2017)は4つの調査サイト・132名のデータで検証し、単一サイトの同質な集団なら16件以下で飽和に達する一方、サイトを横断するメタテーマの特定には20〜40件が必要だったと報告しています。セグメントが複数ある調査は、セグメントごとに飽和を考える必要があるため、必要な総数は増えます。
「何件で情報が出尽くすか」という飽和の性質そのものは、聞き手がAIになっても変わりません。変わったのはコスト構造です。Geiecke & JaravelやChopra & Haalandのワーキングペーパー(いずれも査読前)は、AIによる大人数の定性調査が技術的・経済的に可能になったことを示していますが、「飽和論が無効になった」と主張する査読済み研究は現時点で確認できていません。人数を増やせるようになった今も、目的・集団の同質性・求める深さから必要数を考える枠組みは有効です。
参考文献
- Guest, G., Bunce, A., & Johnson, L. (2006). How Many Interviews Are Enough? An Experiment with Data Saturation and Variability. Field Methods, 18(1), 59-82. journals.sagepub.com
- Hennink, M., & Kaiser, B. N. (2022). Sample sizes for saturation in qualitative research: A systematic review of empirical tests. Social Science & Medicine, 292, 114523. pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
- Hennink, M. M., Kaiser, B. N., & Marconi, V. C. (2017). Code Saturation Versus Meaning Saturation: How Many Interviews Are Enough? Qualitative Health Research, 27(4), 591-608. pmc.ncbi.nlm.nih.gov
- Malterud, K., Siersma, V. D., & Guassora, A. D. (2016). Sample Size in Qualitative Interview Studies: Guided by Information Power. Qualitative Health Research, 26(13), 1753-1760. pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
- Hagaman, A. K., & Wutich, A. (2017). How Many Interviews Are Enough to Identify Metathemes in Multisited and Cross-cultural Research? Field Methods, 29(1), 23-41. eric.ed.gov
- Guest, G., Namey, E., & Chen, M. (2020). A simple method to assess and report thematic saturation in qualitative research. PLOS ONE, 15(5), e0232076. journals.plos.org
- Braun, V., & Clarke, V. (2021). To saturate or not to saturate? Questioning data saturation as a useful concept for thematic analysis and sample-size rationales. Qualitative Research in Sport, Exercise and Health, 13(2), 201-216. tandfonline.com
- Geiecke, F., & Jaravel, X. Conversations at Scale: Robust AI-led Interviews with a Simple Open-Source Platform. CEPR Discussion Paper DP19705.(査読前のワーキングペーパー)cepr.org
- Chopra, F., & Haaland, I. Conducting Qualitative Interviews with AI. SSRN Working Paper 4572954.(査読前のワーキングペーパー)papers.ssrn.com




